• 2.

    午前に、生成AIの図解スライドを使って、同僚に 生成AIの思考回路 と題して説明したところ、なんとわかりやすいと感動くださって、わたしもわかりやすく説明できるようになりたい、とまで報告してくださった。帰宅して書斎でただ、嬉しいなあ、と泣いた。なぜなら、その同僚が、私の数理で生成AIを面と向かって説明した初めての人だったからである。今まで24年間の研究で、私が好きなことを話せたのは、数えてみると僅か6人で、そのうち4名は今の職場にいた/いる人である。ほぼ1人で研究を遂行してきたと言って良いと思う。研究が捗ったうちは孤独を感じなかったが、いざ研究を終えてみると、なんと孤独で人も何も残らなかったかと思い知らされた。ただ、私には研究が残った。24年を空費してはいない。

    午後から気圧が低くなり、長らく気象病の私は、喉と胃が捩れるようにやられ、じきにめまいで立ち眩むようになったため、3時間有休を取得し早退きした。帰路は交通事故に遭わぬようゆっくりと歩き、経験則から肉類を食べた方が良いと判断して中華料理屋でパイコー丼を喰らった。店内のテレビ放送では震度7の地震が伝えられていた。私が退勤した時刻とほぼ同じであったから、立ち眩みは地震のせいではなかった。いずれ私たちの地域にも来るだろうと悟りを新たにした。

    沸かさない湯舟では1時間ほど落ち込んでいて、落ち込んでいる時はいつもそうであるように、何に落ち込んでいたか言葉にしようとすると思い出せないものだ。だから、思考を遊ばせる効果があることなのだと私は観念しているところがある。帰路ゆっくり歩いていると、どうも俯いてしまい、四方から、私の理論や考えが全て嘘だ、と囁かれているように感じてしまい、私もすっかり衰弱しているなあとも思ったし、嘘かどうかは時が見せてくれる、と信仰を根拠に自信を回復させようと思いつつ歩いた。私は泣いている時が最も幸せだ。次が苦しんで考えている時や、悔やんで歯軋りしている時である。楽しむ大事さがまだあまりよくわからない年頃である。

  • 1.

    今朝方、薄ら夢の中、6時過に起床し、自家製の豆乳ヨーグルトを蜂蜜黄粉にて戴く。支度し出ると、気温は低く、汗の心配はなく、駅まで徒歩し、閑静な街である。バス内でサリヴァンの場の理論に学び、精神障がい者に対する態度を変える必要を覚えた。13時まで働き、弁当はごはんに玉ねぎ味噌、セロリとアスパラガスの塩炒め。木匙で食す。夕方時に俄かで雨が降った。西の層雲に対し、東の空に雲がなかったために上昇気流が昂じた結果であろうか。

    益軒の養生訓を2頁、仕事の合間に習読しつつ、思い当たる体験に教訓を付けた。老人にまつわる章だった。私の目算では、40歳の今、心の底をつき、それは悔い改める作用で実現することなのであるが、常に枯れたことで、80歳の寿命を倍の120歳まで永らえられると慮っており、この証明に余生を賭すこととしている。目標寿命は118〜119歳だとする。小学生の卒業文集に、将来の目標を長寿と書いた手前、土に還るこの体を、誰よりも長保ちさせてみせたいと思う。

    帰路、スーパーでイサキの半身を半額で得たため、刺身で戴いた。トマトと合わせると、果汁によって臭みが全く消えていた。このトマトも半値で4個、主食に蕎麦、今宵は月見に2個、鯖節を散らし、白だしで戴いた。明日の弁当のために、昨日水に浸けておいた黒目豆を煮た。土鍋で炊いたごはんに、玉ねぎ味噌、セロリとアスパラガスの塩炒めを添え入れ、冷蔵した。書斎に籠り、昨日淹れた麦茶が室温に冷えていたので戴きつつ、この記録を認めている。温めない湯舟に浴し、居間でアイスノンを包み、綿の布地を床に敷き、眠る頃、妻はソファでハートを揃えて消すパズルを独りで解いていた。