朝には憂鬱だったものが、午後には快復し、昼食期には機構まで推測できた。すなわち、感情の情報処理が、私はうまくできない。例の扁桃体と海馬の接続不良の話であった。昨夜は過去と身の回りを振り返り、そのうえ嬉しさの感動で泣いた晩であったから、件の接続が伝達過剰になり、不安定になったというわけだ。普段から感情を持たないよう、気持ちが上下することを体験しないよう、避けて調整して過ごしているのだが、昨夜はそうではなかった。失敗ではなくて、嬉しいことではある。
昼食後、同僚と q-pilot の話をした。遠アーベル幾何ではグロタンディークによるエタール群の知識の完全性に関する予想が立っているが、情報の流れ出しを考慮に入れているかどうかが、先日IUT理論による証明に問題として見つかったことである。というのも、-log|H|<-log|θ| であるためには、θの状態からHの状態へ情報が流出していなくてはならず、多価性を持つ対数では、情報の流れ出しを完全に考慮する方向こそ、完全な知識だからである。複素平面を地平面として垂直同様の方向に何本か離陸する対数航行を使ってブラックホールにおける情報量保存と情報流出を説明しうる幾何学の話をした。
帰宅し、今晩は白だしに素蕎麦、そして、半額で得た帆立を混ぜた。良い味だった。以前の職場で、仕事の姿勢を教わった男性上司には今も感謝している。心気を絶ち、自我を去って、理性で動くことこそ、労働でも余暇においても自由である。半端な愚図では楽しむものも楽しめず、やることもできず、やりたいことも成せない。結果、今はストア派的な生活にすっかり様変わったが、結局、私はこの世で楽しめる物事が界隈で見つけられなかったこともあるし、楽しいことなど自分でいくらも作れる人物だったということである。苦しみも増えたが、快との乙張が作れて益々楽しい毎日であった。