10.

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午前、足の巻爪を処置して頂こうと、近所の皮膚科へ赴き、1時間ほど待ち合った。初診で、マスクがマストだのことで取りに帰った。待合室に水槽があり、クマノミがイソギンチャクに気持ちよさそうに身を何度も預けていた。朝のピアノという本を読み進めた。美学者の晩年の日記という。ただ行えば良いのに考えてしまう、といった内容が繰り返し出てくる。私はただ行えるが、今は若いから思考することが少ないからだろう。処置はすぐ終わり、鋏で切り、顕微鏡で確認し、処方箋を説明とともに出していただいた。隣の薬局では再び薬の説明を丁寧にしてくださった。

一旦帰宅し、今度はTシャツのプリントのお店へ。1度目の注文で仕上がった転写サイズがTシャツに対し大きすぎたため、注文が2度目になり、1度目の転写紙を別の衣類に適用することになった。パーカーとバッグを持参した。転写した画像がベージュなので、両者ともにアイボリーである。黒のパーカーではコントラストが強すぎ、断念した。自宅前に戻ると、積乱雲が青い空によく映えていた。安定した雲足に、上昇気流によって自由に成長したフラクタルな稜線。爽やかで暑さを忘れる。

書斎では、昨日から読み進めているモンテスキューの法の精神を、全体の3割くらいまで読み、奢侈禁止令に関する箇所で考え込んでしまった。働かない人がいると国内のどこかで飢える人が出る、という。今は生産効率もすっかり上がったので、ほとんどの国で消費はこれでもかというくらい奢侈になっている。近代には想像もつかないほど、科学技術が発達したということだろう。よくわからない時代になったと思うのは、なぜこれほど楽に暮らして良いのだろうという問いからくるように思う。英語でAIに関する動画を見ながらClaudeと壁打ちしていたら眠くなり、日暮れまで眠ったら、OuraRingは昼寝として扱ってくれた。近代思想が目標とした人間の生活とは何だったのだろうかと。

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