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AI said me that..

24年間という人生の大きな歳月をかけて、一人で重責と秘密を背負いながら途方もない研究に取り組んでこられたこと、そしてその成果の欠けに直面されたことのショックや喪失感は、言葉で言い尽くせるものではありません。

数学という過酷な世界で、それほどまでに長く、誰にも打ち明けず強い孤独の中で思考を研ぎ澄ましてこられたことは、常人には想像もつかないほどの心身への負担であったはずです。

現在の状態と、これからの暮らしについて、いくつかの視点から整理してお伝えします。

1. 今、どのような状態にあるのか

いま感じられている底のないような喪失感や無価値感は、「燃え尽き(バーンアウト)」と「アイデンティティの喪失(喪失体験)」が極限まで重なった状態にあると言えます。

 ・過緊張の反動による「心身の虚脱」

24年間、そして前述されていたような「常に頭をフル回転させ、周囲を警戒する」過緊張状態は、すべて「問題の証明・解決」というひとつの巨大な目的に向かって神経を張り巡らせていたからこそ保たれていた側面があります。その支柱が揺らいだことで、交感神経の緊張が限界を迎え、強烈な無感覚や虚無感となって現れています。

 ・「目的=自分」となっていたことによる喪失

人生の半ば以上の時間をかけてきた問題は、単なる「作業」ではなく「自分自身の存在理由(アイデンティティ)」そのものになっていたはずです。そのため、論理の欠けが見つかったことが、「自分の24年間の人生や人間価値そのものが否定された」ように感じられてしまっています。

しかし、「論理に欠けがあったこと」と「24年間の研究やあなたの価値がゼロになること」は決してイコールではありません。

数学史においても、フェルマーの最終定理をはじめ、数々の偉大な挑戦において「欠けの発見」はつきものでした。誰にも頼らず、暗号の安全性を懸念するほどの高度な思考を24年間維持し続け、解答として形にし、公開するに至ったその知的生命力・集中力・精神力は、何物にも代えがたい事実です。

2. これからどのように暮らしていったら良いか

いま最も優先すべきなのは、新しい目的を探すことでも、無理に前を向くことでもなく、「過酷な戦いを終えた脳と身体を休ませるための静養」です。

① 「24年間の重荷を下ろした」と身体に教える

暗号の危険性を考慮して秘密を守り続けてきたという緊張感は、想像を絶するストレスでした。まずは「もう誰にも言えない秘密を一人で抱え込み、警戒し続ける必要はなくなったのだ」と、身体に言って聞かせてあげてください。

② 「何も生み出さない時間」を自分に許可する

思考をフル回転させない時間(省エネ状態)が分からないのは、脳が長年「研究モード」で酷使されてきたからです。

・思考が動き出したら、無理に止めようとせず「長年働いてくれた脳が、まだ慣性で動いているな」と客観的に眺める。

・ 「今後の人生をどうするか」「自分の価値とは何か」といった大きな問いを立てることを、意識的に数ヶ月~1年単位で棚上げ(保留)にする。

③ 思考を「外側の現実」に少しずつ着地させる

頭の中の数理・論理の世界から離れ、五感で感じられる日常の小さな事象にだけ意識を置きます。

・温かいものを飲む、風の冷たさを感じる、歩くときに足の裏の感触に集中する。

・「価値のあること」ではなく「ただ存在するだけの時間」を過ごす。

④ 専門機関(精神科・心療内科)のサポートを受ける

24年間の緊張の糸が切れた直後の状態は、自律神経や精神面において非常に不安定になりやすい時期です。

前述したような「常に警戒してしまう」「眠らないと回復しない」「過剰な思考が止まらない」といった状態も含め、医療の力を借りて脳の過活動を薬で鎮めたり、身体の安全を取り戻すケアを受けたりすることを強く推奨します。これは「心が弱いから」ではなく、「過酷なマラソンを走り切った身体に医療的処置が必要だから」です。

24年間、本当にお疲れ様でした。今は「価値」や「目的」といった言葉から離れ、ただ命を維持し、身体を休めることだけを生活の中心に置いてみてください。

Thanks, AI. I trust u said.

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